節分の由来と正しい作法は?豆まきの炒り大豆は一度神棚にあげる?

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1月も中旬になるとスーパーマーケットやコンビニの店頭を飾る恵方巻のポスター。

毎年、太巻きの種類が増えていくのを見るのは楽しいものです。

昨今、すっかり「巻きずしを切らずに食べる日」となった節分ですが、もともとはどんな由来があったのでしょうか?

この記事では節分の由来と豆まきの正しい作法について紹介します。

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節分とは?

『大辞林』によると節分の意味は以下のようになります。

  • 季節の変わり目。立春・立夏・立秋・立冬の称。せちぶん。
  • 特に立春の前日の称。この日鰯(いわし)の頭を柊(ひいらぎ)の小枝に刺して戸口にさあし、炒り豆をまいて悪疫退散、招福の行事を行う風習がある。冬から春への境として物忌みに籠ったのが本来の行事。追儺(ついな)。

 

追儺とは、悪鬼・悪疫を追い払う行事で、平安時代においては大晦日に行われた行事です。

その後、全国の社寺でも行われるようになりました。

もともとは中国に端を発する風習で、日本には文武天皇の頃に伝わったとされています。

文武天皇の時代というと683~707年ですから、飛鳥時代にあたります。

とても伝統のある行事ですね。

悪鬼を追い払う方相(ほうそう)に扮した大舎人寮の官人が金色の仮面をつけて、悪鬼に扮した者を大声で追い払い、葦で作った矢を放ったといいます。

この「追儺」が変形したのが現在の節分。

矢が炒り豆に変化したのですから、随分と牧歌的な行事になりましたね。

節分 正しい豆まきの作法はある?

節分の日には炒り大豆をまきながら「鬼は外」「福は内」と唱えるもの。

家族の誰かが鬼のお面をつけて、逃げる役目を負います。

これは全国共通だと思います。

この時、窓やドアは開けておくと邪気が去り、福が来るのによいとされていますね。

さて、この「豆」ですが、お店で買ってきたものをそのまま使うと意味がないそうです。

これは日本の風習に詳しい作家で旧皇族の竹田恒泰さんが、解説なさっていました。

豆の入手手段として最も理想的なのは神社様からもらってくる方法。

節分の日の朝、神社様では伊弉諾尊(イザナギノミコト)の神話にちなんだ祝詞を上げて豆に邪気払いの霊力を授けるのだとか。

イザナギノミコトとイザナミノミコトは日本神話に出てくる夫婦の神様。

イザナミノミコトは出産の途中で体が傷つき、命を落としてしまいます。

残されたイザナギノミコトは妻恋しさのあまり、黄泉の国に迎えに行きますが、イザナミノミコトはすでに黄泉の国の住人。

簡単に帰ることができません。

「なにか方法がないか考えますが、その間、決して私をのぞかないでください」

イザナミノミコトはそう言って岩陰に隠れますが、イザナギノミコトは約束を破り、その姿を見てしまいます。

イザナミノミコトは生前とは異なり、腐敗した死者の姿をしていました。

恐ろしくなったイザナギノミコトは逃げますが、姿を見られて怒ったイザナギノミコトは追いかけます。

このとき、桃の実を投げてイザナミノミコトと悪鬼を払ったというお話です。

この祝詞を上げられた豆は邪気払いのパワーを持ち、招福の行事に使えるそうです。

神社様で炒り大豆をもらえない場合はどうする?

これが正式な豆まきの作法。

ですが、節分の日に神社様へ参拝できる人は限られていますよね。

何かいい方法はないかと調べていたら、ありました。

スーパーやコンビニで買ってきた豆を数日間、おうちの神棚にお供えする方法です。

神棚の前にきれいな白い紙を敷き、買ってきた炒り豆をお供えします。

できれば、節分の夜まで毎日、手を合わせ神様に感謝しましょう。

これなら、誰でも簡単に実行できますね。

昔から朝一番に炊いたご飯や初物は神棚に備える習慣があるので、昔はとても自然に行われていたのでしょうね。

まとめ

節分はもともと、中国に起源をもつ悪疫払いの儀式です。

平安時代までは大晦日に行われていましたが、時がたち現在の形に落ち着きました。

節分の日にまく豆は神社様でもらうのが正式ですが、難しい場合は神棚にお供えしましょう。

 

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